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名古屋高等裁判所 平成9年(う)230号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人A、同B及び同Cは、いずれも無罪。

理由

被告人Aの控訴の趣意は、弁護人杉浦鉦典、同高橋正蔵及び同酒井俊皓が連名で作成した控訴趣意書に、被告人B及び同Cの控訴の趣意は、弁護人中西英雄、同福岡宗也及び同高木康次が連名で作成した控訴趣意書及び控訴趣意補充書(なお、第一回公判期日における主任弁護人中西英雄の訂正、釈明参照)に、それぞれ記載のとおりであり、これらに対する答弁は、検察官江幡豊秋作成の答弁書に記載のとおりであるから、これを引用する。

第一  理由不備ないし理由の食い違いの主張について

一  被告人B及び同C(以下「被告人Bら」ともいう。)の所論は、原判示額面五〇〇万円の小切手が被告人Aに交付された場に立ち合っていない被告人Bについて、原判決は共謀共同正犯の理論により贈賄罪の共同正犯と認めたものであるが、共謀共同正犯と認めるためには、二人以上の者が特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をした事実が必要であるが、原判決は、被告人Bについて、遅くとも昭和六二年四月四日ころまでには、被告人C及びDとの間で、被告人Aに対し、五〇〇万円を建物補償費の名目でお礼として供与する旨の共謀が成立したものと認定し、いつ、どこで、どのような共謀がなされたかを判示していないから、理由不備の違法がある、という。

しかしながら、共謀の判示は、共謀の行われた日時、場所またはその内容の詳細等をいちいち具体的に記載することを要しないから、原判決に所論の理由不備はない。論旨は理由がない。

二  同所論は、被告人Aと小原興業株式会社側との間で原判示建物を無償で取り壊す合意があり、被告人Aから小原興業側に建物補償の請求がされていないという前提があってはじめて、前記小切手の交付が建物補償を名目とした賄賂の供与であると認定できるのに、原判決が被告人Aと小原興業側との間で右合意があったことは認定できず、建物補償の請求がされていたとしながら、右小切手の交付が建物補償を名目とした賄賂の供与と認定したのは、理由の食い違いの違法である、という。

しかしながら、所論無償取り壊しの合意がなく、建物補償の請求がされていたとの認定と前記小切手が建物補償を名目とした賄賂であるとの認定とは、必ずしも矛盾するわけではないから、原判決に所論の理由の食い違いはない。論旨は理由がない。

三  同所論は、前記小切手の交付の趣旨が被告人Aに事前協議で世話になったことのお礼と今後簡易水道の利用や村道の承認工事などで世話になることのお礼である旨の被告人Bらの捜査段階の供述について、原判決は、水道と道路の便宜供与に関する供述部分は信用できないとしながら、右信用できない部分の供述と不可分一体としてなされた右被告人らの捜査段階の供述により、右被告人らが一貫した賄賂の趣旨を認めているとして、賄賂性認定の理由としたのは、理由の食い違いの違法である、という。

しかしながら、供述の一部が信用できないからといって、その全部が信用できないと一般的にいい得るものではないから、原判決が、Bらの捜査官に対する供述について、所論指摘の部分を信用できないとしながらも、右被告人らが一貫して賄賂の趣旨を認めている部分は信用できるとして、それを賄賂性認定の理由の一つとしたとしても、理由の食い違いがあるとはいえない。論旨は理由がない。

第二  訴訟手続きの法令違反ないし事実誤認の主張について

一  被告人Aの所論は、昭和六二年四月八日午前一一時三〇分ころ、被告人Aの自宅で同Cが被告人Aの妻花子に対し、株式会社東海銀行車道支店長振出しにかかる額面五〇〇万円の自己宛小切手一通(以下「本件小切手」という。)を交付したのに、原判決が、昭和六二年四月八日午後一時三〇分ころ、被告人CがDとともに、小原村役場村長室において、被告人Aに対し、本件小切手を交付したと認定したのは、事実誤認である、という。

そこで、記録を調査(後に検討するとおり、被告人ら及びDの捜査官に対する各供述調書には証拠能力がないので、これを除く。)して検討すると、被告人CがDとともに、原判示小原村役場村長室で本件小切手を被告人Aに交付したとの被告人Cの原審公判供述は、明確かつ具体的であって信用できる。これに反する、被告人Aの自宅で花子が本件小切手を受領した旨の被告人A及び証人花子の各原審公判供述は、原判決が、(事実認定に関する説明・以下「説明」という。)第二、二、1で説示するとおり信用できないのであって、右被告人Cの原審公判供述と関係各証拠(被告人ら及びDの捜査官に対する各供述調書を除く。)によると、昭和六二年四月八日午後一時三〇分ころ、被告人CがDとともに、小原村役場村長室において、被告人Aに対し、本件小切手を交付したと認めることができ、原判決に事実誤認はない。論旨は理由がない。

二ア  被告人Aの所論は、被告人Aは、ゴルフ場用地として小原興業に賃貸した土地上の自己所有の建物の移転補償費として、被告人C及びDから本件小切手の交付を受けたのに、原判決が、任意性に欠け証拠能力のない被告人Aの捜査官に対する各供述調書を証拠採用し、これを含む原判決挙示の証拠により、「被告人Aは、昭和六二年四月八日午後一時三〇分ころ、小原村役場村長室において、被告人C及びDから、小原興業が提出したゴルフ場(松名カントリークラブ「仮称・小原ゴルフクラブ」・以下「本件ゴルフ場」という。)造成事業についての土地開発協議申出書の受理、協議、愛知県知事への同申出書の送付、村長としての意見の進達等に関する謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、本件小切手の供与を受けた」と認定したのは、刑訴法三二二条一項に違反する点で判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反であり、また、右事実を認定できないのに認定した点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認でもある、という。

イ  被告人Bらの所論は、被告人C及びDは、右のとおり被告人A所有の建物の移転補償費として、本件小切手を被告人Aに交付したのに、原判決が、任意性に欠け、特信情況もなく証拠能力のない被告人B、同C及びDの捜査官に対する各供述調書を証拠採用し、これを含む原判決挙示の証拠により、「被告人B、同Cは、分離前の相被告人Dと共謀の上、前記日時場所において、被告人Aに対し、前記趣旨のもとに、被告人C及びDが本件小切手を供与した」と認定したのは、任意性に欠ける被告人B及び同Cの捜査官に対する各供述調書を右被告人らそれぞれの関係で証拠採用し、右事実認定の証拠とした点で刑訴法三二二条一項に違反し、特信情況のない被告人Bの検察官に対する各供述調書を被告人Cの関係で、また特信情況のない被告人Cの検察官に対する各供述調書を被告人Bの関係でそれぞれ証拠採用し、右事実認定の証拠とした点で刑訴法三二一条一項二号に違反し、特信情況のないDの捜査官に対する各供述調書を被告人B及び同Cの関係で証拠採用し、右事実認定の証拠とした点で刑訴法三二一条一項二号、三号に違反し、それらは、いずれも判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反であり、また、右事実を認定できないのに認定した点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認でもある、という。

そこで、記録及び証拠物を調査して検討する。

1 本件公訴事実の要旨は、「被告人Aは、昭和五三年八月一日から小原村村長として、事業者から土地開発協議申出があった際、申出の受理、事業者との協議及び地元村長としての愛知県知事に対する意見の進達並びに小原村の公共事業である給水事業及び同村の村道管理に関する事業等を統括しているもの、被告人Bは、ゴルフ場の建設及び経営、不動産売買賃貸及び仲介等を営業目的とする小原興業の代表取締役をしているもの、Dは、同社の取締役であったもの、被告人Cは、同社の小原事務所長をしているものであるが、

第一  被告人Aは、昭和六二年四月八日ころ、小原村役場村長室において、D被告人Cから小原興業が提出した本件ゴルフ場についての土地開発協議申出書の受理、村長との右協議、愛知県知事に対する右土地開発協議申出書の送付及び村長としての意見の進達等につき、有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼並びに今後も同村の給水事業である東部簡易水道の本件ゴルフ場への引き込み利用及び本件ゴルフ場の通じる村道の承認工事等につき有利便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨で供与されることの情を知りながら、本件小切手一通の供与を受けて、自己の職務に関し賄賂を収受し、

第二  被告人B、D、被告人Cは、共謀の上、前記日時場所において、被告人Aに対し、前記趣旨のもとに、本件小切手を供与して、同人の職務に関し賄賂を供与した」というものである。

2 関係各証拠(被告人ら及びDの捜査官に対する各供述調書を除く。)によると、次の事実が容易に認められる。

(一)  当時、被告人Aは、小原村村長として、事業者から土地開発協議申出があった際、申出の受理、事業者との協議及び地元村長としての愛知県知事に対する意見の進達などの権限を有しており、被告人Bは、もと矢作建設工業株式会社の取締役で、昭和五九年一〇月設立されたゴルフ場の建設及び経営、不動産売買賃貸及び仲介等を営業目的とする小原興業の代表取締役であり、Dは、同社の取締役であり、被告人Cは、同社の小原事務所長をしていたものである。

(二)  被告人Aは、小原村地域振興施策等の一環として同村にゴルフ場を誘致することを企図し、昭和五七年ころ、その話しを矢作建設に持ち込み、矢作建設側に小原村として全面的に協力することを約し、これを受けて矢作建設は、説明第一、一、2のとおりの計画概要で本件ゴルフ場の開発を決定した。

(三)  矢作建設などは、昭和五八年夏ころからゴルフ場開発予定地の地権者らに用地買収などを働きかけ、昭和五九年一〇月本件ゴルフ場開発を目的とする小原興業を設立した。

(四)  本件ゴルフ場開発は、説明第一、一、4のとおり、原判示事前協議(以下「原判示」を省略する。)を義務づけられているところ、小原興業は、昭和六〇年六月初旬ころ事前協議書を小原村村長の被告人A宛に提出し、同年九月三日、小原村が受理し、被告人Aが同月一二日付けで、村長意見として「特段の意見は全く同意する」「事業の推進については、地域の強い要望もあり、積極的に対応していく」などと意見を付して同申出書を愛知県に提出し、同月一七日県が受理し、昭和六一年六月二一日、愛知県知事から小原興業に対し、本件ゴルフ場開発に当たって必要な各個別法上の届出、許可申請等(その内容は説明第一、一、5のとおりである。)を進めて差し支えない旨の協議結果通知書が交付され、事前協議手続きは終了した。そして、小原興業は、昭和六一年七月ころから昭和六二年二月ころまでに、右個別法上の許可申請等をなして、それぞれ許可等を得、それと並行して、ゴルフ場用地の買収等を進め、昭和六二年一月三一日ころまでに約一三〇名の地権者の大多数との間で土地売買契約や土地賃貸借契約を締結し終えた。

(五)  被告人A一家は、本件ゴルフ場開発予定地内に、被告人A名義で二二筆、妻花子名義で二筆、長男太郎名義で一筆、次男次郎名義で一筆の土地を所有していたところ、昭和六二年一月三一日、小原興業に対し、被告人A名義のうち一六筆(実測合計一万二八〇〇平方メートル余)、長男名義の一筆(実測八五〇〇平方メートル余)及び次男名義の一筆(実測九六〇〇平方メートル)を売却し、被告人A名義のうち小原村大字松名字堤背戸〈番地略〉(宅地三九三・三八平方メートル)及び同所〈番地略〉(宅地一二八・九二平方メートル)〔以下両土地を併せて「本件土地」という。〕等六筆(実測合計一万三五〇〇平方メートル余)及び妻名義の二筆(実測合計一万六〇〇平方メートル余)を賃貸し、売買代金等として合計五七〇〇万円余を受け取った。

(六)  昭和六二年一月三一日当時、本件土地上には被告人A所有の土蔵及び蚕室(以下併せて「本件建物」という。)が建っていた。

(七)  昭和六二年三月初め、小原興業側は、小原興業とコンサルタント契約を締結していた株式会社総合鑑定調査の中山恭三不動産鑑定士に本件建物移転補償費の鑑定を依頼し、中山は、総合鑑定調査の従業員酒井晃司らに指示して三月五日本件建物を調査させ、建物等の移転補償金額を解体移築方式で五〇二万九二〇〇円と算定した建物移転等調査積算報告書(以下「本件鑑定書」という。)を作成し、これを三月二三日ころまでにDに交付した。

3 まず、被告人らの原審公判及び捜査段階での各供述要旨は次のとおりである。

被告人Bと同Cは、原審公判において、本件ゴルフ場用地として小原興業が被告人Aから賃借した本件土地上の本件建物の移転補償費として、本件小切手を被告人Aに交付したと供述したが、捜査段階においては、右被告人らとDは、小原興業が提出した本件ゴルフ場についての土地開発協議申出書の受理や村長としての意見の進達等につき、有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼や今後も簡易水道の本件ゴルフ場への引き込み利用及び本件ゴルフ場に通じる村道の承認工事等につき有利便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨で、本件小切手を被告人Aに交付をした旨、本件公訴事実に沿う供述をしていた。

一方、被告人Aも、原審公判において、本件ゴルフ場用地として小原興業に賃貸した本件土地上の本件建物の移転補償費として、本件小切手の交付を受けたと供述したが、捜査段階においては、右小切手を本件公訴事実の趣旨で受け取った、と供述していた。

そこで、被告人らとDの捜査官に対する各供述調書の証拠能力や信用性について検討する。

(一)  小原興業関係者である被告人B、同C及びDの各供述調書について(各供述要旨)

被告人Aに本件小切手を交付することになった経緯、その趣旨等に関する右小原興業関係者らの各供述調書の核心部分は、被告人Cの平成元年六月一日付け司法警察員に対する供述調書(乙五八)及びDの同日付け司法警察員に対する供述調書(乙七九)を除いて、概ね一致する。

右核心部分(乙五八、七九を除く。)は、次のとおりである。

(1) 小原興業は、昭和六〇年六月初旬ころ事前協議書を小原村村長の被告人Aに提出し、同年九月三日ころ、小原村が受理し、愛知県に進達されて県が受理し、昭和六一年六月二一日に県から事前協議結果通知書が交付されたが、右に際し、被告人Bら小原興業関係者は、再三被告人Aに対し、村としても全面的に協力してくださいなどとお願いしていた。これに対し、被告人Aも「県に一生懸命早く送ってやった、意見も村として要望していると強調して書いてやった」などと言ってくれていたので、村長も要望に答えてやってくれているなと思っていた。右通知書が交付されてからも、「個別法の許可等についても県に頼んで早くおろしてもらえるようにお願いしてください」などと被告人Aに陳情していたし、本件ゴルフ場で利用することになる簡易水道の件や本件ゴルフ場に通じる村道拡幅の件などについても本件ゴルフ場のオープンに間に合うようにお願いしていた。

(2) 昭和六二年二月四日の森林法上の林地開発許可によってすべての個別法がクリアーできることになったが、二月三日午前九時か遅くとも九時三〇分ころ、名古屋市東区内の矢作建設開発事業部内の応接室に被告人B、同C、D及び小原興業の従業員の木村繁が集まり、木村が本件ゴルフ場工事に伴う補償工事の説明をした後、Dが一段落ついたと報告したところ、被告人Bが「村長にお礼をせんといかん、どのくらいがいいかなあ」などと被告人Aに賄賂を送ることを提案した。D及び被告人Cもこれに同意し、Dが二〇〇ないし三〇〇万円の額を提示し、被告人Cは、村長には大変お世話になっていると考えていたので五〇〇万円の額を提示したところ、被告人Bは「それはちょっと高いな」と言いながらもその額を了承した。そこで、被告人Bが「どういう方法で渡すのがいいのか、迷惑のかからない方法はないだろうか」などと一同に尋ねたところ、被告人Cが本件建物補償名目にしたらよいと提案した。本件建物については、昭和六一年一一月ころに被告人Cと同Aとの間で補償なしで小原興業の方が取り壊す話しができていて、その後も被告人Aから補償要求はなく、被告人BもDも被告人Cの報告によりそのことを承知していたし、被告人Bら一同は、本件建物には価値がないものと考えていたが、ほかに方法がないということで、被告人Aに本件建物補償の名目で五〇〇万円の賄賂を贈るということが決まった。

(3) 昭和六二年二月七日、被告人Bは同Cとともに、小原村村長室に被告人Aを訪ね、同被告人に対してお礼の挨拶をした後、いきなり「お礼をしたいと思いますが五〇〇万円くらいでどうでしょう」と具体的金額を切り出したところ、被告人Aは、「そんな心配をしてもらわなくてもいいよ」と一応断ったが、被告人Bが「ご心配なく、家の補償費という名目で考えていますから大丈夫ですよ、ほんの気持ちですから受け取ってください」などと言うと被告人Aは黙ってうなづき、五〇〇万円を受け取ることを承諾した。

(4) 前記(2)のとおり、被告人Aに五〇〇万円の賄賂を贈ることを決めたときには、本件建物を鑑定するという話しはなく、先に五〇〇万円という具体的金額が決まったのであるが、昭和六二年三月三日ころ、Dは、被告人Cに対し「補償名目にするならどうしても鑑定の資料が必要だから一度中山鑑定士に連絡してみなさい」と指示したところ、三月九日ころ、被告人Cから「中山さんが建物を調査したけれど二〇〇万円位にしかならないだろう」との報告を受けたが、鑑定評価額が二〇〇万円では帳簿処理上も通らないので五〇〇万円になるよう中山に頼もうと考え、被告人Bの了解を得て三月一一日から一二日ころ、開発事業部に来た中山に五〇〇万円くらいにならないかとお願いし、三月二三日ころに中山から本件建物移転補償金を五〇二万九二〇〇円と算定した本件鑑定書を受け取った。

(5) Dは、昭和六二年四月三日被告人Bに本件鑑定書を示して、建物移転補償の名目で被告人Aに五〇〇万円を贈ることの決裁を受け、四月八日午後一時半ころ被告人Cとともに小原村村長室に赴いた。そこで、被告人Cが同Aに対し「お礼として受け取ってください、この金は家屋移転補償費として鑑定書も五〇〇万円となっているので大丈夫ですよ」と言って本件小切手と領収証等の入った封筒を差し出すと、被告人Aは「すまんなあ、こんなにもらっていいかやあ」などと言って受け取った。

(6) 個別法の関係について、全体としてはスムーズにいったが、国土法(国土利用計画法を示す。)の関係では昭和六一年一一月初めころ、県が山林の買い取り価格が高いと言っていると聞き、Dと被告人Cが同Aに対し、県に働きかけてくれるように頼んだところ、その後、被告人Aから「県の部長に会って年内に国土法の許可が出るように頼んできてやった」と聞き、その話しのとおり一二月一九日に国土法の事前協議の許可が小原興業の設定価額でおりた。また、被告人Aは、森林法の林地開発許可でも賛成意見を述べてくれた。

(7) 昭和六二年三月ころ、本件ゴルフ場造成工事に着工したが、本件ゴルフ場に通じる村道の付け替えと本件ゴルフ場用地とするために村道の取り潰しが必要であったが、そこには国有地が含まれ、その付け替えや取り潰し工事に取りかかるには、まず小原村が国から村道の払下げを受けることが必要であったが、付け替え工事については、払下げ前の昭和六二年七月ころ道路工事を村の承認工事としてすることが認められ、一一月ころ道路を完成させ、取り潰し工事についても払下げ前にやらせてもらった。これは小原興業側がA村長に早く工事をさせてくれるようにお願いし、被告人Aが法を曲げても工事をやらせてくれた結果である。また、本件ゴルフ場オープンに間に合うように簡易水道をゴルフ場に引いてもらいたいとお願いした。

(二)  被告人Aの各供述調書について(供述要旨)

被告人Aが本件小切手を受領することになった経緯、その趣旨等に関する被告人Aの各供述調書の核心部分は、被告人B、同C及びDの各供述調書の核心部分(乙五八、七九を除く。)と概ね一致する。

右核心部分は、次のとおりである。

(1) 事前協議についての地元村長意見は、開発行為にとって非常に重要な意味を持つが、本件ゴルフ場開発につき、協議書提出以前にも以後にも被告人Bや同Cらから「全面的に協力してください、村長意見も県の審査が早くおりるようお願いします」などと再三頼まれていたところ、「立地条件もよいので小原村としては積極的に推進したい」という内容の意見を付して、協議書を県に提出し、個別法上の村長意見にも積極意見を付して提出した。

(2) 昭和六二年二月四日県の林地開発の開発許可によって本件ゴルフ場開発についてすべての個別法がクリアーできたのであるが、その日に被告人Cから「個別法がクリアーできてありがとうございました、二月七日に社長が挨拶に行きたい」との連絡があり、二月七日被告人Cとともに小原村村長室にやって来た被告人Bから個別法がクリアーできたことなどについての挨拶を受けた後、「お礼をしたいと思いますが五〇〇万円くらいでどうでしょう」と言われたが、再三頼まれていた協議書等のお礼という意味であることが分かったので、村長として業者から金をもらえば賄賂になるので、すぐにはこの話に同意する気にはなれず、「そんな心配してもらわなくてもいいよ」と一旦断ったが、被告人Bから「村長さんに迷惑がかからないよう村長さんと賃借り契約した土地にある建物の補償費ということで考えています」と言われ、確かに賃貸した土地上には土蔵などの建物があり、補償という名目であれば、万一、後に賄賂ではないかという問題になっても大義名分が立ち、言い逃れができると思ってもらう気になりうなづいた。

(3) 昭和六二年四月八日午後一時半ころ、Dと被告人Cが小原村村長室にやって来て、被告人Cが鑑定書と本件小切手を応接机の上に置き、「これは先日社長から話があったものです」と言われたが、五〇〇万円というのは大金であり、不安になって「こんなにもらっていいかやあ」と言うと、被告人Cから「ここに鑑定書があり、五〇〇万円の領収書があれば心配ないと思います。取っておいてください」と言われて本件小切手を受け取り、領収書に署名、押印して被告人Cに渡した。本件小切手は、本件建物の補償金として受け取ったものではない。本件土地については一月三一日に契約が終了しており、本件建物は、価値のない建物であり、それ以前に取り壊しは小原興業がなし、補償はしないということで了解していた。本件小切手は、小原興業の提出した土地協議申出書の受理、送付、意見の進達等について有利便宜な取り計らいをしたこと、簡易水道の給水をゴルフ場オープンまでに間に合うように取り計らってほしいこと、村道の承認工事等についても便宜な取り扱いをしてもらいたいことなどの趣旨で、そのお礼として出されたものと分かった上で受け取った。

(4) 国土法に基づく土地に関する権利の移転等の届出につき村長意見として妥当等と書いた。取引価格の妥当性等について、小原興業が設定した価額が高いと県当局からクレームがついたが、私から県の企画部長ら関係者に小原村の実情を考慮して価額が設定してありますので小原興業が設定した価額どおりで許可してもらいたい旨陳情し、小原興業の意に添うように働きかけた。森林法の林地開発許可申請書に付する意見についても許可処分に支障がないと小原興業に有利な意見を付したし、森林審議会でも小原興業に有利になるような発言をした。

(5) 昭和六一年三月ころ、小原興業から本件ゴルフ場に通じる村道永太郎岩下線の一部変更新設工事をいわゆる村長の承認工事としてやりたいと村に申入れがあり、当初は、小原興業が新設する新道部分を小原興業から村に寄附を受け、村道の区域変更等の手続きをしてこれを村道とし、国有地部分については、村が県を通じて国有財産法上の用途廃止申請をし、その後小原興業が払下げを受けられるようにする払下げ方式をとり、承認工事の村長承認をすみやかに行うという方針だったが、高木建設課長から、県の担当者に旧道部分の国有地部分について、国有財産法で払下げを受けさせるのではなく、道路法による譲与申請により一旦村有地とし、道路区域の変更によって不要物件とした上で小原興業の所有する新道部分と村の所有する旧道部分とを交換する交換方式の方がよいのではないかとの指導を受けた、と報告を受け、二重の負担が掛からなくて小原興業に有利な交換方式でいこうと指示した。岩下線及び本件ゴルフ場用地とするために取り潰しが必要な村道永太郎明智線につき、昭和六二年三月ころ、建設課長から、付け替えや取り潰し工事に必要な手続きをとってくれと被告人Cに言われているが手続きが間に合わない、との報告を受け、法的には違反するかもしれないが、手続きは後回しにしてとにかく小原興業の計画どおり工事をやらせるように指示し、岩下線及び明智線についての承認工事の申請を承認した。簡易水道につき、部下からゴルフ場の給水量については一日六六トンで小原興業が書類を出していますが六〇トンで許可申請したらどうでしょうか、施設の能力からいって六六トンの給水能力は十分あると思います、と言われ、許可申請の際、六六トンと六〇トンでは六〇トンの方が小原興業の負担金が安くなるので安くしてやろうと思い、六〇トンで許可申請してやりなさいなどと指示した。

(三)  被告人らとDの捜査官(乙五八、七九を除く。)に対する各供述調書の証拠能力や信用性について(検討)

(1) 右被告人Bら小原興業の関係者の各供述調書の核心部分も被告人Aの各供述調書の核心部分も、被告人Aと小原興業側との間で、本件建物につき、一切補償はせずに取り壊す旨の合意があったことと、被告人Aから小原興業側に補償要求をしたことはなかったことを前提とし、右前提に基づいて被告人ら及びDが、本件小切手授受は本件建物移転補償費の支払いとしてなされたものではなく、賄賂としてなされたものであると自認したことなどを内容とするものである。

しかしながら、本件建物の登記済証書(弁六七)、登記簿謄本(弁六八)等の関係各証拠(被告人ら及びDの捜査官に対する供述調書を除く。)によると、被告人Aは、昭和六一年一一月から一二月にかけて本件建物につき、合計七万円ほどの費用をかけて本件建物の測量等もした上、表示の登記の変更登記手続をし、被告人A名義に保存登記手続きをしたことが認められ、この点について被告人Aは、原審公判において、本件ゴルフ場用地内の被告人Aらの土地の契約終了後に小原興業側と交渉して本件建物の補償をしてもらうつもりであり、昭和六一年一一月には本件ゴルフ場用地の契約が昭和六二年一月ころ締結されることで大体まとまりかけていたので、義理の父が死亡して以来、本件建物について名義変更をしていなかったので、補償を要望するについては、自分の名義にして権利関係をはっきりさせておこうと考え、右手続きをした旨供述し、右供述は、長年、表示の登記の変更も、権利の登記もしていなかった、相当古い本件建物に対し、この時期に費用をかけてまで登記をしたことを合理的に説明していて、十分信用できる。そして、右供述等によれば、被告人Aと小原興業側との間で、本件建物につき、一切補償はせずに取り壊す旨の合意があったなどとは到底認められず、かえって、被告人Aは、昭和六二年一月三一日の本件ゴルフ場用地についての契約以前から小原興業に対して本件建物について補償の要求をする準備をしていたと認めることができる。

さらに、被告人Aは、原審公判において、「昭和六二年一月三一日、契約が終了した時点で被告人Cに対し、本件建物について補償してほしいと話し、二月七日、被告人Cに本件建物補償を要求すると、『一〇〇万円や二〇〇万円なら私の段階で支払えるけれども、それ以上だと、社長などに相談してやらないかん』と言われたが、その段階で成瀬鉄工に、新築で倉庫を建てるならば、一〇〇〇万円ほどかかると聞いていたから、その話をして『いや、それでは、私も納得できない、そんな一〇〇万や二〇〇万じゃ話にならん』と答えたところ、『一遍上司に相談する』と言って帰った。昭和六二年二月ころには、本件建物を取り壊して自宅のところに新しい倉庫を建てることを決めており、三月中頃には成瀬鉄工に倉庫建設を依頼し、四月五日新しい倉庫の図面を成瀬鉄工に作成してもらった。一〇〇〇万円くらいは補償してもらえるだろうと思っていたし、被告人Cになるべくたくさん出してほしいと要求していた」旨供述し、右供述は、前記認定のとおり被告人Aが本件建物補償要求の準備をしていた事実及び関係各証拠によって認められる、同年三月中頃には成瀬鉄工に倉庫建設を依頼し、四月五日新しい倉庫の図面を作成してもらった事実と符合して合理的であり、また、原判決が、説明第二、二、2、(四)に摘録の上、心情の描写が自然で、話し合いの状況等も具体的かつ詳細であると説示する被告人C、同B及び木村の各原審公判供述と、互いに符合することにかんがみると、右被告人Cらの各原審公判供述はもとより、右被告人Aの原審公判供述も十分信用できる。

以上検討してきたところによると、被告人Aから小原興業側に補償要求をしたことはなかったなどとは到底いえないのみならず、被告人Aが同Cに対し、昭和六二年一月三一日及び二月七日、高額の本件建物補償費を相当強く要求し、被告人Cはすぐにこれに応答することができずに持ち帰り、小原興業側ではなるべく安価になるようにその支払いを検討していたことが認められる。

(2) 前記第二、二、3、(一)、(2)の昭和六二年二月三日の共謀についての被告人B、同C及びDの各供述調書の核心部分は、その内容において、被告人Aと小原興業側との間で、一切補償はせずに取り壊す旨の合意があったことと、被告人Aから小原興業側に補償要求をしたことはなかったことを前提とする点で事実に反し信用できないのみならず、さらに、原判決が説明第三、一、2ないし5で認定説示するとおり、木村は、昭和六二年二月三日午前八時四〇分ころ、藤掛伴夫との契約調印のため矢作建設の開発事業部を出発し、一二時ころ帰社したのであるから、同日午前九時ないし九時三〇分ころから同開発事業部で開かれた打ち合わせ会議には出席できなかった筈であり、したがって、その席で補償工事の説明をしたことはない点でも事実に反し信用できない。

(3) 「昭和六二年二月七日、被告人Bらが被告人Aに対し贈賄の申入れをし、被告人Aがこれを承諾した」旨の前記第二、二、3、(一)被告人Bらの各供述調書の核心部分(3)及び同(二)被告人Aの各供述調書の核心部分(2)がいずれも信用できないのは、原判決が説明第三、二で認定説示するとおりであるし、前記第二、二、3、(一)(5)と同(二)(3)のうち、被告人Cらが被告人Aに本件小切手を交付した際の被告人らのやりとりに関する部分も、被告人Aからの補償要求がなかったことなどを前提とするもので信用できない。

(4) 前記第二、二、3、(二)、(4)の被告人Aの各供述調書の核心部分のうち「森林法に関し、被告人Aが、森林審議会において、小原興業に有利になるような発言をして便宜を図った」旨の部分が信用できないのは、原判決が説明第四、二、3で認定説示するとおりである。

(5) 前記第二、二、3、(一)被告人Bらの各供述調書の核心部分(7)及び同(二)被告人Aの各供述調書の核心部分(5)のうち「村道の一部付け替え工事及び取り潰し工事に関し、被告人Aが法を曲げて小原興業に便宜を図った」旨の部分が信用できないのは、原判決が説明第四、三、4で認定説示するとおりである。

(6) 前記第二、二、3(二)被告人Aの供述調書の核心部分(5)のうち「簡易水道の給水量に関し、負担金を安くしようとして小原興業に便宜を図った」旨の部分が信用できないのは、原判決が説明第四、四、3で認定説示するとおりである。

以上検討してきたとおり、前記第二、二、3、(一)被告人Bらの各供述調書の核心部分及び同(二)被告人Aの各供述調書の核心部分は、〈1〉被告人Aと小原興業側との間で、本件建物につき、一切補償はせずに取り壊す旨の合意があったことと、被告人Aから小原興業側に補償要求をしたことはなかったことを前提とした点と右前提に基づいて被告人ら及びDが、本件小切手は本件建物移転補償費の支払いのためではなく、賄賂として授受されたものであると認めた点、〈2〉昭和六二年二月三日、被告人B、同C及びDが被告人Aに賄賂を贈ることを共謀した点、〈3〉二月七日、被告人Bが同Aに賄賂の申入れをし、被告人Aがこれを承諾した点と四月八日の被告人Cらと同Aのやりとりに関する部分、〈4〉森林法に関し、被告人Aが小原興業に便宜を図った点、〈5〉村道の一部付け替え工事及び取り潰し工事に関し、被告人Aが小原興業に便宜を図った点、〈6〉簡易水道の給水量に関し、被告人Aが小原興業に便宜を図った点につきことごとく信用できない。そうすると、右被告人ら及びDの捜査官に対する各供述(乙五八、七九を除く。)は、核心部分の中でも、とりわけ重要な右〈1〉ないし〈3〉の各点を含むほとんどの点について信用できないと評価せざるを得ない。さらには、信用できない右〈1〉ないし〈3〉の各点についての供述部分は、被告人らやDが自分の方から揃って虚偽の事実を供述したとは考えられない内容であることに加えて、被告人らが原審公判において、警察の取調べでは、いくら本件小切手を本件建物の補償費だと言っても取り上げてはもらえず、警察の筋書きを押しつけられて供述調書が作成され、検察官の取調べにおいては、警察の筋書きどおりのことを聞かれたのでそのまま認めて供述調書が作成されたなどと供述していることを併せ考慮すると、右各点についての内容を含む各供述調書にはそもそも任意性に疑いがあり、特信情況もなく、証拠能力がないといわざるを得ず、この点から右各供述調書を事実認定の用に供することは許されない。

(四)  被告人Cの平成元年六月一日付け司法警察員に対する供述調書(乙五八)及びDの同日付け司法警察員に対する供述調書(乙七九)について(検討)

右各供述調書は、被告人Aから小原興業側に対し、金員要求があったことを前提とする点で、前記のとおり摘録した前記核心部分を含む被告人ら及びDの各供述調書と内容を異にするので、それらの証拠能力や信用性について検討する。

(1) 被告人Cの右供述調書は、被告人Cについてのみ、証拠採用されているので、同被告人に関し検討するが、右供述調書の要旨は、原判決が説明第二、三、2に摘録するとおりであるが、同調書においても、被告人Aと同Cの間で、土蔵等本件建物についての補償はなしという了解ができていることを前提としているものであるし、要求されたのは、建物補償費ではなく、荷物の運搬賃というのであり、被告人Cとしてはせいぜい一〇万円を考え、しかも二月七日ころ、それを一応は断った、というのであり、重要な点で前記第二、二、3、(三)で認定した事実及び説示した事項と異なるのであって、信用性があるとはいえず、前記検討にかかる被告人らの各供述調書同様、任意性にも疑いがあり、証拠能力がないといわざるを得ない。

(2) Dの右供述調書の要旨は、原判決が説明第二、三、2に摘録するとおりであり、その供述は、被告人Aから小原興業側に金員要求があったことを前提とするものではあるが、被告人Aから同Cが請求されたのは荷物の移転費用と供述しているなど、同日付けの被告人Cの前記供述調書(乙五八)との供述内容の類似性が顕著であり(両供述以外に同旨のものはない。)、両名が同日に揃って被告人Aの金員要求を是認しながら、それが本件建物の移転補償費の要求であったと供述しなかったことに納得できる理由はなく、さらに、捜査段階におけるDの供述は、右供述調書の趣旨から相当変遷していったことがうかがわれるのに、その経過や理由は解明されていない(同人は、脳梗塞等のため公判廷に出頭することができないとして、原審審理中に公判手続停止となっている。)。したがって、取調べ当初の供述である右供述が、刑訴法三二一条一項三号ただし書の、特に信用できる情況のもとになされたという要件を充たすものとはいえないから、右供述調書に証拠能力を認めることはできない。

4 そこで、前記のとおり、証拠能力もなく信用性もない被告人ら及びDの捜査官に対する各供述を除いた関係各証拠により認められる情況証拠から、本件小切手が、本件ゴルフ場造成事業についての土地開発協議申出書の受理、協議、愛知県知事への同申出書の送付、村長としての意見の進達等の被告人Aの職務に関する謝礼の趣旨で授受された賄賂であると認められるか否かをさらに検討する。

(一)  右関係各証拠によると、

(1) 本件ゴルフ場開発は事前協議を義務づけられており、小原村村長として事業者から土地開発協議申出があった際、申出の受理、事業者との協議及び地元村長としての愛知県知事に対する意見の進達などの権限を有していた被告人Aは、小原興業から昭和六〇年六月初旬ころ提出された事前協議申出書を同年九月一二日付けで、村長意見として「特段の意見は無く同意する」「事業の推進については、地域の強い要望もあり、積極的に対応していく」などと意見を付して愛知県に提出したこと、

(2) 被告人Bや同Cは、事前協議等の手続きの節目節目には被告人Aのもとに挨拶のためだけではなく、事前協議や国土法、農地法の関係等につき手続きの早期進行等について陳情するためにも訪れ、これを受けて被告人Aは、国土法の関係では、愛知県の担当者に本件ゴルフ場用地の買収価格の国土法による設定価格を聞いたり、国土法の許可が早期になされるように頼んだり、農地法の関係では、農業委員会を早期に開催できるように係に指示したこと、

(3) 前記のとおり本件小切手が授受された昭和六二年四月八日当時は、地権者との各種契約と事前協議から個別法の許認可という一連の手続が終了し、本件ゴルフ場の造成工事に着手し始めた時期で、被告人Aが、村道や簡易水道に関し小原興業に便宜供与をしたとは認められないものの、当時、村道についての譲与申請等の手続きがうまく進んでおらず、簡易水道についても本件ゴルフ場開設に間に合うように敷設することを小原興業が小原村に要求していたこと、

(4) 被告人Cが同Aから本件建物補償費を要求されるや、小原興業側は、その後価額交渉を継続することなく、中山に鑑定を依頼し、さらに、中山から二〇〇万円くらいから交渉してみては、とアドバイスを受けたのに、それを被告人Aに提示することもなく、中山に本件建物補償費を五〇〇万円で評価してくれと頼み、中山がこれに従い通常公共事業における建物移転補償費の算出に使用する基準である解体移転方式の形式を用いて本件建物補償金額を五〇二万九二〇〇円と算定して作成した本件鑑定書に基づき、被告人Aに市場価値のない本件建物の移転補償費として五〇〇万円を支払ったこと、

(5) 右五〇〇万円という金額は、本件土地の当初の地代が年額二万五七五円であるのに比して著しく高額であること、

(6) 本件建物について、ゴルフ場設計の専門家である被告人Bは、以前から本件ゴルフ場建設の支障になるとは考えていなかったし、実際にも、本件建物は、本件ゴルフ場営業の支障になる位置には存在していなかったこと、

(7) 本件小切手の授受に際し、契約書や覚え書等の書面が作成されておらず、被告人Aとの間で本件建物の明渡し期限、取り壊しの方法、撤去についての費用負担等が決められていないし、右授受後、被告人Cら小原興業関係者は、本件建物の帰趨にほとんど関心を持っておらず、その取り壊しと撤去は、小原興業が費用を負担してなしたこと、

(8) 被告人Aは、本件小切手の五〇〇万円について、確定申告をしておらず、原審公判において、本件小切手受領場所について虚偽の供述をしていること、

など本件小切手が賄賂として授受されたとの推認に導く積極的な諸事情が認められる。

(二)  しかしながら、

〈1〉  (1)については、被告人Aとしては、本件ゴルフ場を小原村の地域振興策の一環として推進している村の施策に則って職務行為を追行しただけで、特に、小原興業に対し有利、便宜な取り計らいをしたわけでもなく、村長としての当然の職務としてなしたものであるので、ことさら右職務の対価として小原興業側が被告人Aに本件小切手を交付したとは通常は考えがたい。

〈2〉  (2)については、業務日誌三綴り(当審平成九年押第四二号の七・甲九一)によると、国土法に関する問題につき、小原興業側が苦慮していたことは認められるものの、小原村及びゴルフ場開発予定地の地権者側でも問題とし、地主代表が愛知県に陳情したりしていて本件ゴルフ場建設推進に障害になっていたのであって、ゴルフ場建設を推進している被告人Aが県の担当者に許可が早期になされること等を依頼したとしても、特に小原興業に便宜を図ったものとはいえないし、農業委員会の早期開催も同様である。

〈3〉  (3)については、本件小切手が授受されたのは、前記のとおり、許認可手続が終了し、本件ゴルフ場の造成工事に着手し始めた時期で、その当時村道等の問題があったのであるが、右時期は、前記のとおり、被告人Aが昭和六二年一月三一日に土地売買契約等をすませて本件建物補償費を要求し、小原興業側でこれを検討し、中山に本件建物補償費の評価を依頼し、中山が本件鑑定書を作成してDがそれを受け取ったすぐ後のことでもあること、右授受の時期は事前協議手続が終了してから九か月ほどの後のことであること、本件小切手授受後、被告人Aが、村道や簡易水道に関し小原興業に便宜供与をしたとは認められないことなど、右時期から、本件小切手が賄賂として授受されたものと推認することについては、消極的事情も認められる。

〈4〉  (4)ないし(6)の本件小切手授受に至る経緯、本件小切手金額及び本件建物撤去の必要性について検討する。被告人Aは、本件建物中蚕室を、昭和五五年四月ころ、森田博則に無償で貸し、同人が、昭和六〇年三月ころまで家族とともに居住し、本件建物中土蔵には、農機具、大工道具、骨董品、什器類、書籍等を収納して使用してきたことが認められ、これによると、本件建物が利用価値のない廃屋とはいえず、被告人Aが本件建物補償費を要求し、小原興業側がこれに応じたとしても不合理ではない。そこで、五〇〇万円という金額についてみるに、小原興業では昭和六一年ころから用地の買収等について地権者らの代表と交渉を続けてきたが、宅地や建物等の多数の地権者に共通でないものは、集団交渉から除外し、個別に交渉してきたところ、被告人Aは同Cに対し、昭和六二年一月三一日及び二月七日高額の本件建物補償費を相当強く要求し、被告人Cは、すぐにこれに応答することができずに持ち帰り、小原興業側ではなるべく安価になるようにその支払いを検討していたというのであり、被告人Aと小原興業側において、補償金額の折り合いをつけるには、相当程度の困難があったと推認できる。そして、小原興業側としては、被告人Cから「被告人Aは五〇〇万円は欲しいと言っている」(原判決が説明第二、二、2、(四)で摘録する被告人C、同B及び木村の各原審公判供述)旨の報告に基づき、他の地権者からの諸補償要求のなかでトラブルの生じたものについて、結局要求に応じたケース同様、被告人Aからの補償要求を五〇〇万円程度で収めて補償するのが、本件ゴルフ場開設をスムーズに進めるため、適当と判断し、Dが中山に評価を依頼し、これに応じて中山が五〇〇万円以上の金額を積算することが可能な解体移築方式の形式を用いて本件鑑定書を作成し、これに基いて折り合いをつける最低限との判断により五〇〇万円という金額を決定したものと推認することができる。右五〇〇万円の決定に際し用いられた解体移転方式は、通常公共事業において用いられるが、民間でも、売主が建物を売りたくないが買主がどうしても譲ってほしいというような場合、他に基準がないので希なケースではあるが使うことがある。そして、本件ゴルフ場開設をスムーズに進めるため、地権者である被告人Aとのトラブルを避けようと補償要求に応じることにした小原興業側としては、争いのある補償額を決する基準として解体移築方式に求めるほかないのであり、かつ、右方式により本件建物移転補償費を正式に積算すると、補償総額六三二万八二八九円となるから、五〇〇万円という金額はその範囲内に収まり、不当な金額とはいえない。また、(6)の事情を併せて検討しても、右判断に変わりはない。以上によると、被告人Aの補償要求につき、小原興業において、被告人Aが村長であるゆえに他の地権者とは異なった特別の扱いをもってこれに応じ、合理的根拠なく本件小切手を被告人Aに交付したものということはできない。

〈5〉  (7)について、本件小切手の授受に際し、契約書等の書面が作成されておらず、被告人Aとの間で明渡し期限等が決められていないし、右授受後、被告人Cら小原興業関係者は、本件建物の帰趨にほとんど関心を持っていないが、被告人Aと小原興業側との間で、右のとおり本件建物移転補償額については、相違があったものの、本件ゴルフ場の開発推進については意を共通にしているのであって、移転補償費の問題が解決し、それが支払われた以上、その後のトラブルは予想しがたいのであるから、書面が作成されていないことなどや小原興業側が、本件建物の帰趨にほとんど関心を持っていなかったとしても不自然ではないし、小原興業が費用を負担して本件建物を撤去したことについても、それだから五〇〇万円は本件建物移転補償費ではないといえるほどのことではない。

〈6〉  (8)の被告人Aが本件小切手の五〇〇万円の確定申請をしていないことは、被告人Aが、ことさらに本件小切手を受け取ったことを秘匿していないことによると、これをもって本件小切手が賄賂として授受されたことを推認する積極的事情とはいえないし、被告人Aが原審公判において本件小切手受領場所について虚偽の供述をしていることは、疑わしい事情ではあるが、これも公訴事実を肯認する決定的事情とはいいがたい。

5 これまで検討してきたとおり、本件で起訴された被告人ら及びDの捜査段階の各供述調書の核心部分について、そのほとんどの信用性が否定され、かつ、そのゆえなどにより右各供述調書の任意性や特信情況も認められず、その証拠能力が否定される本件訴訟の証拠状況のもとで、右各供述調書を除いた関係各証拠を精査し、本件小切手が賄賂として授受されたとの推認に導く積極的な諸事情を逐一仔細に検討してみても、本件小切手を賄賂と認めるには決め手を欠き、本件小切手が被告人Aの職務に関する賄賂として授受されたものであると認定するには、なお合理的疑いが残るといわざるを得ない。

6 以上の次第であって、原判決が、原判決挙示の証拠により、「被告人Aは、昭和六二年四月八日午後一時三〇分ころ、小原村役場村長室において、被告人C及びDから、小原興業が提出した本件ゴルフ場造成事業についての土地開発協議申出書の受理、協議、愛知県知事への同申出書の送付、村長としての意見の進達等に関する謝礼の趣旨で供与されるものであることを知りながら、本件小切手の供与を受け、被告人B、同Cは、分離前の相被告人Dと共謀の上、前記日時場所において、被告人Aに対し、前記趣旨のもとに、被告人C及びDが本件小切手を供与した」と認定したのは、前記のとおり証拠能力のない被告人B、同C及びDと被告人Aの捜査官に対する各供述調書(乙二、三、六、一〇、一一、一二、一七、一八、二二、二三、二四、二八、二九、三一、三三、三四、三五、三七、四三、四四、四五、四八、四九、五〇、五一、五二、五六、五七、五八、五九、六一、六二、六五、六七、六八、六九、七〇、七一、七四、七七、七九、八〇、八二、八四)をも証拠として用いて右事実を認定したもので、訴訟手続きの法令違反があり、その結果、右事実を認定できないのに認定した事実誤認もあって、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨はいずれも理由がある。

第三  結論

よって、刑訴法三七九条、三八二条、三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所においてさらに判決する。

本件公訴事実の要旨は、前記第二、二、1のとおりであるが、前記のとおり犯罪の証明がないので、刑訴法三三六条により被告人三名に対しいずれも無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 土川孝二 裁判官 片山俊雄 裁判官 河村潤治)

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